支えた女性たち

西郷隆盛は、生涯に3度結婚しています。最初の結婚は西郷が24歳の時で、薩摩藩士・伊集院兼善の娘・須賀(すが)。2人目は西郷が奄美大島に潜居していた時の妻で、名前は愛加那(あいかな)。そして、3人目の妻が、西郷が37歳の時に結婚した妻のイトです。維新の元勲といわれ、日本の歴史に大きな足跡を残した西郷の波瀾万丈の人生は、薩摩の女性たちに支えられていました。



愛加那

斉彬の死後、幕府からの目を避けた西郷は奄美大島に潜居します。その時に娶った妻が、島の名家の一つ龍家の娘・愛加那(あいかな)で、西郷は31歳、愛加那は23歳でした。1年後には息子の菊次郎が生まれ、新しい屋敷を建てて新居に移った直後に西郷の元に藩からの帰還命令が届きます。西郷は屋敷と新たに田一反を愛加那に買い与え、島を離れます。西郷が薩摩に帰還したあと、西郷と愛加那の娘・菊草が生まれます。奄美大島での結婚生活は2年余りで終わりました。愛加那は西郷の毛髪を大切に持っていたといわれています。



イト

西郷が3度目の結婚で妻として迎えたのが、薩摩藩士・岩山直温の娘・イトです。西郷が禁門の変や長州征伐で活躍した直後の元治2年(1865)、薩摩藩家老の小松帯刀の媒酌によって結婚しました。西郷37歳、イト21歳のときでした。時代はまさに幕末の激動期で、イトは鹿児島と京都の間を奔走していた西郷にかわって留守宅を守りました。また、この時期には坂本龍馬も西郷宅に泊まり、その時のことを龍馬は姉への手紙に「西郷吉之助の家内も吉之助も大いによい人なれば」と書いています。イトは西郷との間に3人の男子をもうけ、さらに愛加那との間に生まれた菊次郎・菊草も引き取り、実子と同じように育て上げました。晩年は長男・寅太郎の結婚を機に東京に移り住み、大正11年(1922)、79歳まで生きました。